花田家鰊番屋

羽幌から札幌方面に降りて行く途中に、留萌郡小平町の花田家番屋に寄りました


明治38年ごろに建設された歴史的木造建造物で、重要文化財に指定されてます


明治から大正にかけて北海道西海岸の鰊漁は最盛期でした


ヤン衆と呼ばれた、道内や東北各地から来る鰊漁労働者で前浜は活気付きました



大きな木造建築の花田家鰊番屋


入り口の横には採れたニシンを担ぐ鰊労働者の像がたつ


玄関から中に入ると広い空間を太い柱が支える 豪壮な建築物です
パンフレットによると
最盛期は18ヵ統の鰊定置網、100棟近くの建物、蒸気機関のウィンチ、
トロッコ使用、漁場間に私設電話を施設する、など近代漁法だったようです


内部の周囲には三段板の間 この板間に当時は500人ほどのヤン衆が寝起きした


周囲の板間の上から下を見る 奥の障子の部屋は親方家族の居室


大勢の食事を作った竈門


ヤン衆達の食卓


親方や家族の居室です 親方家族の居室は畳敷き 二階も親方家族だけの居室でした


帳場 番頭さんも忙しかったでしょう


帳場の横にある当時は珍しい私設電話


親方の部屋は豪華な作りです


この居間には大きな金庫がありました


仏間です

帰り際に受付にいた男性に地元の方ですかと聞いてみたら
番屋の近くで生まれ育って、番屋の前浜に多くの建物があった事を覚えていて
「家族の居室に上がってお茶を飲んだ事もありました」と話してくれました
毎年、道内や各地から労働者が来て、湧き返るニシンを採って活気付いた前浜や番屋が
今や歴史的建造物になってしまうなど、当時は思いもよらなかったでしょうね